「さようで。」
 と真四角に猪口をおくと、二つ提げの煙草入れから、吸いかけた煙管を、金の火鉢だ、遠慮なくコッツンと敲いて、
「……(伊那や高遠の余り米)……と言うでございます、米、この女中の名でございます、お米。」
「あら、何だよ、伊作さん。」
 と女中が横にらみに笑って睨んで、
「旦那さん、――この人は、家が伊那だもんでございますから。」
「はあ、勝頼様と同国ですな。」
「まあ、勝頼様は、こんな男ぶりじゃありませんが。」
「当り前よ。」
 とむッつりした料理番は、苦笑いもせず、またコッツンと煙管を払く。
「それだもんですから、伊那の贔屓をしますの――木曾で唄うのは違いますが。――(伊那や高遠へ積み出す米は、みんな木曾路の余り米)――と言いますの。」
「さあ……それはどっちにしろ……その木曾へ、木曾へのきっかけに出た話なんですから、私たちも酔ってはいるし、それがあとの贄川だか、峠を越した先の藪原、福島、上松のあたりだか、よくは訊かなかったけれども、その芸妓が、客と一所に、鶫あみを掛けに木曾へ行ったという話をしたんです。……まだ夜の暗いうちに山道をずんずん上って、案内者の指揮の場所で、かすみを張って囮を揚げると、夜明け前、霧のしらじらに、向うの尾上を、ぱっとこちらの山の端へ渡る鶫の群れが、むらむらと来て、羽ばたきをして、かすみに掛かる。じわじわととって占めて、すぐに焚火で附け焼きにして、膏の熱いところを、ちゅッと吸って食べるんだが、そのおいしいこと、……と言って、話をしてね……」

歯医者 八王子 山形県山形市でインプラント・審美歯科・ホワイトニングにこだわった治療 ...